入学式をいきなり欠席した話

美容専門学校

4月4日金曜日

子どもたち二人がいつまでもゴロゴロと寝ている午前中。

私はすっぴんパジャマのボサ髪で、Youtubeを聞きながら洗濯物を畳んでいた。

そこで電話の着信があった。

専門学校からである。

「はい」

「おはようございます」

「おはようございます」

「あの、いまどちらですか?」

「? 家におります」

「今日、入学式なのはご存知ですかね?」

「ファッ!?」

7日の月曜日だと思ってたけど、正しくは今日だったのでした。たまげた。

予定を頭で覚えられない私は、何でもかんでも全部グーグルカレンダーに入力してスマホで見れるようにしてるんだけど。

勘違いした日付で入力して、以降それしか見てなかったから間違ってることに気付かなかったんですね。

参った。

開始時間直前になっても来ないからと電話をくださったわけですが、もうどうにも間に合わない。欠席と相成りました。

え、まじかよ。入学式ぶっちぎるとか。わざとじゃないけど。

やっちまったものはもう後から変えられないので、こう、あまり気に病んでも…とは思うんだけど。

なんでこうなったか?と考えると、この前の記事にも書いたけど、4月からの学校生活の事をあんまり「考えないようにしていた」よなぁ…というところに行きついた。

私のよくやる癖の一つで「受け取り拒否」っていうのがあるんですが。

誉め言葉とか、感謝とか、お金とか、喜びとか、楽しみとか、

そういう受け取っていいものを拒否する癖があるんですよね。

幸せになりたいと思いながら、幸せになるのが怖い心理みたいな?

もう手続きも住んでお金も払って、どうやったって入学は決まっている。

なのにその日々を想像するとなんかやばい、危険な、恐ろしいような気がしてしまったのだと思った。



抵抗と摩擦。

やりたいけど踏み出せない。
欲しいけど手を伸ばせない。
もう持ってるけどまじまじ見れない。

それはそのまま、幸せになりたいけどそうなるのが怖いと同義で。

ああ、私はまたこれをやっていたんだなぁ、と思いました。

だからダメだ!最悪だ!と自責をするために気付いたんではなく。

またやってたね、って気付いたらもう終わっていて。

怖かったよね、って共感して、怖くてもいいけど、大丈夫だよって寄り添う。

3月、趣味に全振りした私は、精力的に楽しむ部分はもちろんあったけど、それを新生活から目を背ける手段にもしていたよ。確実に。

もう気付いてしまっているし認めてしまっている。
気付いて認めることは受け入れて許すこと。

この期に及んで目を背けたくなるほど、この選択は自分にとって重要なことなんだと。


入学式に参加してないのでまだ全く「始まってない感」ですが、月曜日から登校します。初日はオリエンテーションだけかな?

はぁ…怖いわ、新生活。
何が怖いかって聞かれたらまったくもって漠然としているんだけど。
実体のない恐怖。

これも、ずっと時間が過ぎればきっと忘れてしまうから。

こうして書いておくんだよ。

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